安国寺(あんこくじ)は岐阜県高山市(旧吉城郡国府町)にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は太平山。本尊は釈迦牟尼仏(釈迦如来)。飛騨三十三観音霊場11番札所。経蔵は国宝に指定されている。
安国寺経蔵-応永15年(1408年)の建築。入母屋造、杮葺き。柱間正面・側面とも1間の身舎(もや)の周囲に裳階(もこし)を付した禅宗様建築。身舎の柱間は外見からは正側面とも3間に見えるが、内側の2本は柱ではなく束(つか)である。建物内部に入ると4本の独立柱が立ち、方一間の身舎の周囲に裳階をめぐらした構造であることがわかる。禅宗様建築では、組物を密に並べ(詰組)、垂木は扇垂木とする例が多いが、本建物では組物の数が少なく、垂木も平行垂木で疎らに配されており、全体に簡素な意匠になる。内部には輪蔵(回転式の経蔵)がある。年代の明らかな輪蔵として日本最古のものとして貴重である。
美濃焼の歴史は古く、今から1300年以上前まで遡ります。
最初は朝鮮半島から須恵器の技術が伝えられました。
平安時代(10世紀)になると白瓷(しらし)と言われる灰釉(かいゆう)を施した陶器が焼かれるようになりました。この白瓷は須恵器を改良し、釉薬(ゆうやく)を使ったものです。
この頃から窯の数も多くなり、本格的な焼き物生産地となりました。
安土桃山時代から江戸時代初頭にかけて、茶の湯の流行とともに、茶人の好みを反映した焼き物が生産されました。
多治見市・土岐市・瑞浪市・笠原町で生産されるやきものの総称をいう。
特に食器類の生産は全国シェアの50%以上を占めており、日本のやきものの代表といっても過言ではありません。日常生活の中で何気なく使われ、知らないうちに暮らしの中にとけこんでいるやきもの、それが美濃焼です。
後で調べてみよっと♪

栗きんとん(くりきんとん、栗金飩)は、岐阜県東濃地方名産の栗を使った高級和菓子である。
栗に砂糖を加えて炊き上げている。水分は栗から出るものだけで、十分しっとりしている。おせち料理の栗きんとん(栗金団)と違い、粘り気はない。形は茶巾絞りで栗の形をしている。程よい甘さで美味である。栗の収穫が始まる9月から冬にかけて手作りで製造される。値段は1個170円~200円程度。
是非たべてみたい!!
![]()
飛騨大鍾乳洞 (ひだだいしょうにゅうどう)は、岐阜県高山市にある1965年に大橋外吉が発見した観光洞部分800m、未開発洞部分1,000mの鍾乳洞である。現在は整備され1968年6月15日より観光鍾乳洞として一般公開されている。この鍾乳洞は標高900mに位置し日本にある観光鍾乳洞の中では一番標高が高い場所にある観光鍾乳洞として有名。鍾乳洞内からはウミユリ・フズリナなどの化石が多数発見されていて2億5千万年前ここが海底だったことがうかがえる。

落差32m、幅4m。「日本の滝百選」並びに環境省の「名水百選」に選ばれている名瀑、名水である。また、水がお酒になった親孝行の「養老孝子伝説」など故事がある。この地を行幸した元正天皇は『醴泉は、美泉なり。もって老を養うべし。蓋し水の精なればなり。天下に大赦して、霊亀三年を改め養老元年と成すべし』との詔を出し「養老」に改元した。
1995年開園。荒川修作とマドリン・キンズのプロジェクトを実現させたもので、『極限で似るものの家』と『楕円形のフィールド』から成る。『楕円形のフィールド』には大小様々な日本列島があり、最大のものには24種の薬草が植えられ来園者に四季の変化を楽しませている。
開園当初から非常にユニークなテーマ性が高く評価されてきた。『極限で似るものの家』は、建物内の机や壁・天井が上下左右を全く無視した場所に配置されており、視覚的な錯覚を体全体で楽しむ施設である。『楕円形のフィールド』は、日本列島をモチーフとした屋外施設だが、起伏に富んだ地面が不思議な感じに構成されており(通路の床面がいつのまにか壁面となる、など)、これも感覚の不安定さ・危うさを体全体で楽しむことを目的とした施設である。
サンダルぬいで運動靴かりたなーーー。
飛騨牛とは、岐阜県内で14ヶ月以上肥育された黒毛和種で、
日本食肉格付協会の枝肉格付で5等級~3等級に認定されたものである。
等級が基準外の物は飛騨和牛(ひだわぎゅう)とされる。
霜降りが多く、薄いピンク色をしている。筋肉繊維が細い為、
肉質が柔らかい。味については人により様々であるが、甘みがある。
飛騨牛がここまでブランド化できたのは、一頭の雄牛「安福号」の功績が大きい。
肉質の良い子孫ができやすい遺伝子を持っていた。
生涯で39,000頭余りの子ができたというが、実際に飛騨牛になったのは2割5分~3割である。
現在も精子は凍結保存され使用されているが、余りにも安福号の遺伝子に頼りすぎたため、遺伝的な問題が発生するおそれがあった。現在は安福号の子孫のうち、優秀な雄牛を県有種雄牛としているほか、遺伝子検査などを行い、その結果で判明した問題のある交配は行わないなどの指導により、この問題は解消されている。
また飛騨牛の種雄牛としては安福の子孫にあたる「飛騨白清」、「白清85の3」、「広景福」が知られている。
2008年まで岐阜県畜産研究所は、安福号のクローン牛を3頭誕生させた。
延喜年間から天暦年間の頃に、現在の温泉地から離れた場所である、湯が峰の山頂付近に温泉が湧出したのがはじまりである。
1265年に山頂からの湧出は止まったが、現在の温泉地である飛騨川の河原に湧出しているところを発見された。このことは開湯伝説における白鷺伝説として伝わる。
温泉地は飛騨川の氾濫の度に壊滅的な被害を受けてきたが、その度に復興してきた。
また、「下呂」の名前は昭和以降に使われ始めた名称で、それ以前は「湯之島」と呼ばれていたそうです。
長良川に夏の訪れを告げる風物詩で1300年続く伝統行事の鵜飼は、毎年5月11日から10月15日まで、川の増水時と中秋の名月の日を除いて毎夜開催されます。
長良川の鵜は、野生で生息している海鵜を飼い慣らし、2~3年にわたり訓練をした一人前の鵜にしたもの。また、全部で6人の宮内庁に属する長良川の鵜匠は、代々続く世襲制により技を受け継いでいます。鵜匠は鵜と共に生活を送りながら鵜飼の季節には伝統装束を身にまとい、漁を行うのです。
がんばれ、鵜!